大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和43年(わ)1881号 判決

主文

被告人を罰金八、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金八〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四三年一〇月一五日、愛知県地方労働組合評議会が、青年反戦決起等を目的とし、名古屋市中区三丁目一六番一〇号の久屋市民広場北西出入口付近から、久屋大通西線を北進し、錦通、呉服通、広小路通を経て、国鉄名古屋駅前に至る道路上において集団示威行進を行った際、これに学生約三〇〇名と共に参加したものであるが、同行進は、愛知県公安委員会から「だ行進およびことさらに隊列の巾を広げ、その他一般の交通に障害を及ぼすような形態にならないこと」等の条件で許可されているのにかかわらず、前記久屋大通西線において、同日午後六時五一分ころから同五六分ころまでの間、隊列の先頭に位置してこれを指揮、誘導しつつ、前記約三〇〇名の学生と共謀して、右の許可条件に違反して、久屋市民広場北西出口から久屋大通西線に出るや否や激しい行進に入り、続いて四列縦隊のまま両手をつないでこれを一杯にのばし、ことさらに隊列の巾を広げて約二〇〇メートルをかけ足で行進し、次いで同区錦三丁目二五番一一号小市場交差点前に至るまで、ほぼ道路一杯のだ行進を行い、もってその間、交通秩序に著しい障害を及ぼしたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人の判示所為は、行進又は集団示威運動に関する条例(昭和二四年愛知県条例第三〇号)第五条第一項(第四条第三項)、刑法第六〇条に該当するところ、判示条件違反の行進をなした時間、その他諸般の事情を考慮して所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内において、被告人を罰金八、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法第一八条により、金八〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。

なお、本件公訴事実中には、久屋大通西線を左折後、錦通、呉服通を経て広小路通の中区錦一丁目二〇番二一号付近に至るまでの間における、だ行進等も含まれているのであるが、なるほど前掲各証拠によれば、被告人を含む前記学生集団は、右区間内においても随所においてジグザグ行進を試み、また呉服通から広小路通に出た際と、伏見交差点にさしかかった際には、ある程度のだ行進を行ったことを認めることができるけれども、当裁判所は、後記弁護人の主張に対する判断の二において説示するとおり、たとえ行進又は集団示威運動が、公安委員会の附した条件に形式的には違反するようなことがあっても、その結果、たとえば交通秩序に著しい障害又は危険をもたらしたとか、あるいは私生活の平穏を著しく害し、もしくは害する危険性の顕著な事態に立ち至らない限りは、憲法の保障する表現の自由に照らして、いまだ刑事罰をもって臨むほどの違法性はないと解するものであるところ、右久屋大通を左折したのちの若干のジグザグおよびだ行進は、証拠上右のような事態にまで立ち至っているとは認められない。もっともそれは、警備に当っていた多数の警察官の規制による結果であって、決して被告人ら学生集団の意思によるものでないことは明らかであるけれども、そのような場合であっても、右の結論を左右するものではないと考える。よって久屋大通西線左折後の行為は罪とならないものであるが、それは、それ以前の久屋大通西線における行為と共に一罪として起訴されているのであるから、特に主文において無罪の言渡しはしない。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件審理の前後を通じて、昭和二四年七月二日愛知県条例第三〇号、行進又は集団示威運動に関する条例(以下単に県条例という)が、憲法に違反する無効な条例であると主張して、その論拠を詳細に開陳するので、必要と思われる限度で右の主張に対する判断を示すこととする。

一、まず弁護人は、県条例は、憲法が保障する表現の自由の一態様である集団行動を、ほとんど一般的に禁止し、極めて不明確な基準でこれを公安委員会の許可にかからしめているばかりか、公安委員会が右許可をする場合にも、同様不明確な基準のもとにいろいろな条件を附することができることになっている。しかも右条件が違法、不当な場合に対処する有効な救済手段が規定されていないから、思想表現の自由を保障した憲法第一九条、第二一条に違反すると主張するが、

県条例第四条第一項は「公安委員会は、第二条の申請があった場合には、行進又は集団示威運動が直接公共の安全を危険ならしめるような事態を惹起することが明瞭であると認める場合の外、これを許可しなければならない」と規定して、公安委員会をして許可を義務づけており、不許可の場合を厳格に制限しているのであるから、行進又は集団示威運動(以下単に集団行動という)を一般的に禁止しているとは言い難い(この点に関しては、県条例とほぼ同一の規定をもつ東京都条例に関する最判昭和三五年七月二〇日、刑集一四巻九号一二四三頁、および京都市条例に関する最判昭和四四年一二月二四日、裁判所時報五三六号四頁、判例時報五七七号一八頁を各参照)。ただ、県条例第四条第三項によれば、公安委員会は「公共の安全又は公衆の権利を保護するために必要と認める場合には」集団行動の許可に際し必要な「条件」を附することができることになっているのであるが、その条件の範囲について同条項は単に「前条に掲げる事項について」と規定するのみである。したがって前条、すなわち第三条が掲げるところの、許可申請書記載事項の全部について、たとえば集団行動を行う日時について、前記第四条第一項が規定する不許可の要件を満たさなくとも、申請とは異る日時を指定することができ、その他、主催者、参加団体、参加人員、ひいては集団行進の目的についてまで「必要な条件」を附し得ることになると考えられないわけではない(これらについても、公共の安全又は公衆の権利を保護するため、という程度の基準で条件を附し得ると解するならば、それは違憲の疑いが濃厚である)。しかし、県条例第四条第一項が、不許可の要件として「行進又は集団示威運動が直接公共の安全を危険ならしめるような事態を惹起することが明瞭である合場」と規定し、同条第三項が、条件を附する要件として「公共の安全又は公衆の権利を保護するため必要と認める場合」と規定し、さらに第一条が、この条例の目的として「公共の安全を保持し、公衆の通路等を使用する権利を保護するため」と規定している点、その他そもそも普通地方公公団体が条例を制定することができる根拠たる地方自治法の第一四条第一項、第二条第二項、第三項(特にその第一号、第八号)等から考えると、前記「条件」は、結局集団行動の態様およびそれに関連する若干の事項についてのみ、かつ公共の安全又は公衆の権利を保護するために必要な限度でのみ附し得るに過ぎないものと解すべきである。すなわち第四条第三項は「前条に掲げる事項について必要な条件を附することができる」と規定しているが、結局条件を附し得るのは、前条すなわち第三条に規定する事項中第五号の「行進又は集団示威運動の……形態」と、条件を附することにより不許可にしたのと実質的に同視されることのないような範囲における、第三号「行進又は集団示威運動を行う場所およびその通過する路線」、および第一号「行進又は集団示威運動を行う日時」(後者の場合、申請と異る日を指定することは、一般に不許可にしたのと実質的に同じである)とに限定されると解すべきである(ちなみに、愛知県公安委員会作成の昭和四四年八月二八日付「行進又は集団示威運動に関する条例についての回答」によれば、昭和三六年一〇月一九日までに附していた条件中には、若干右の範囲を逸脱すると考えられるものも存したが、以後附されるようになった条件は、すべて右の限度に留まるものであることが認められる。また昭和四四年五月二一日付証人南谷幸信速記録によれば、集団行動の許可申請についての事務的処理を担当している愛知県警察本部警備課においては、県条例第三条に掲げる事項全部について条件を附し得ると考えているようであるが、現実に条件として附されているのは、行進の形態についてのみであることが認められる)。公安委員会の附し得る条件をこのように解する限り、その基準が、思想、表現の自由を保障する憲法第一九条、第二一条に違反するほど不明確であるとはいえないものと考える。それにしても、公安委員会が独自の解釈のもとに不当な条件たとえば集団行動の目的(第三条第五条)について条件を附するような場合も考ええられないこともないが、そのような極端な場合を想定して条例全般が違憲であるすることはできない。

なお、公安委員会の附した条件が違法、不当な場合、これに対処する有効な救済手段が規定されていないことは所論のとおりであるが、条件を附し得る範囲を前記のように制限的に解する限り右制限内において仮りに違法、不当な条件が附せられたとしても、申請そのものを不許可とし、あるいは許否の意思表示をしない場合と同一に論じてこれを違憲、無効とすることはできないものと解する。

二、次に、県条例は、集団行動への単なる参加者をも処罰できるかの如き規定となっているが、仮りに単なる参加者をも処罰する趣旨であるならば、それは一般人を集団行動から遠ざける機能を営むものであって、憲法第二一条に違反する。また主催者と同じ法定刑で参加者を処罰することは、明らかに罪刑の均衡を失し、法の適正な手続を規定する憲法第三一条にも違反するとの主張について。

県条例第五条第一項は、条件違反の集団行動に参加したに過ぎない者も処罰する趣旨であると解される。これは他の多くの県条例や、その他の法令、たとえば、禁止された争議行為を遂行した場合の刑事罰を定める国家公務員法第一一〇条第一項第一七号、地方公務員法第六一条第四号等に照らしても、特異であるという外はなく、弁護人が主張するように、この規定が、一般人をして集団行動から遠ざける機能を営むものであることをまったく否定することはできないと思われる。しかしながら、条件違反の集団行動に参加した者は(もちろん条件違反の認識がある場合に限る)、その故をもってただちに県条例第五条第一項の罰則の適用を受けることになるかどうか、さらに、そもそも集団行動が、公安委員会の附した条件に違反した場合には、いわゆる主催者等も含めて、ただちに罰則の適用を受けることになるかどうかについて考えてみると前記のとおり、条件は「公共の安全又は公衆の権利を保護するため」に附せられるのであるから、たとえ、集団行動が公安委員会の附した条件に形式的に違反するようなことがあっても、その結果、たとえば交通秩序に著しい障害又は危険をもたらしたとか、あるいは私生活の平穏を著しく害し、もしくは害する危険性の顕著な事態にまで立ち至らない場合には、憲法が保障する表現の自由に照らして、いまだ刑事罰をもって臨むほどの違法性はなく、したがって罰則の適用を受けないと解すべきである(いわゆる都教組事件に関する最判昭和四四年四月二日刑集二三巻五号三〇五頁参照)。集団行動が公安委員会の附した条件に違反し、その結果公共の安全を害し、あるいは公衆の権利を侵害するような事態に立ち至った場合には、集団行動のいわゆる主催者、指導者のみならず、その単なる参加者に対しても刑事罰をもって臨むことは、立法政策の当否は別として、必ずしも不合理ではないというべきである。以上のように解する限り、参加者処罰規定が存するの故をもって、ただちに県条例を違憲、無効とすることはできない(もっとも本件被告人は、判示のとおり、学生集団の先頭に位置してこれを指揮、誘導していたものであって、単なる参加者ではなかったのであるし、また久屋大通西線における条件違反の行為は、約三〇〇名の集団が、ほぼ道路一杯にわたって隊列の巾を広げ、あるいはだ行進を行なったものであって、その時間は約五分間にしか過ぎないけれども、交通秩序に著しい障害を与えたことは明らかである。それにひきかえ、久屋大通西線を左折後の若干のジグザグおよびだ行進には、いまだ刑事罰をもって臨むほどの違法性は認められないと判断した次第である)。

なお、いわゆる主催者等と、単なる参加者との法定刑が同一であることが、憲法第三一条に違反するということもできない(本条例に関する最判昭和三八年一二月六日、最高裁判所裁判集刑事編一四九号二二三頁参照)。

三、さらに、思想表現のための集団行動は、単に一地方公共団体にのみ特有な事項ではないから、それを条例でもって規制することは、地方公共団体の条例制定権の範囲を逸脱するものであって、法の適正な手続きを保障する憲法第三一条に違反するとの主張について。

地方公共団体の条例制定権は、憲法第九四条にもとづくのであるが、同条は、その条例をもって規定し得る事項については特に言及していないので、法律の定めるところに委ねているものと解すべきところ、地方自治法第一四条第一項、第二条第二項、第三項(特にその第一号、第八号)によれば、その地方において行われる集団行動に関する規定を普通地方公共団体の条例で定め得ることは、疑問の余地がない。

四、最後に、県条例第五条第一項後段の罰則は、同第四条第三項により、公安委員会がその都度附する条件をもってその構成要件とするものであって、いわゆる白地刑罰法規であり、かつ、地方自治法第一四条第一項、第五項が、普通地方公共団体の条例に委任した罰則の内容を右法律が何らそれを許容していないのに、さらに公安委員会に再委任するものであって、かような刑罰法規はいわゆる罪刑法定主義に反するものであり、加うるに、右公安委員会が附する条件の基準が不明確でその範囲も無限定であって、結局憲法第三一条に違反するとの主張について。

県条例第五条第一項後段の罰則の構成要件が、公安委員会の附する条件によって定まることは所論のとおりである。しかし、かような条件は一律にこれを定めておくよりも、当該集団行動を具体的、個別的に判断したうえで附するのが適当であるとする考え方にも、十分合理性があるというべきであるし、しかも前記のとおり、公安委員会が附し得る条件は決して無制約のものではなく、集団行動の態様およびそれに関連する若干の事項についてのみ、かつ公共の安全又は公衆の権利を保護するために必要な限度でのみ、これを附し得るに過ぎないのであるから、この程度における罰則の内容の補充を公安委員会に委ねても、罪刑法定主義の原則に反するものとはいえないと考える。したがって憲法第三一条に違反することにもならない。

五、以上のとおりであって、県条例が憲法に違反して無効であるとの弁護人の主張は結局いずれも採用しない(なお所論県条例第八条の違憲主張については、判示事実に直接関係がないから、判断を示さない)。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 堀端弘士 裁判官 高橋金次郎 八束和廣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例